日本建築の見るべきところ 3
上段からさらに柾で上った三畳の上々段は、その先に軍配型の窓の付書院を持ち、床表面からの火灯窓を側面に持っています。
この上々段のたたずまいは、対面所の意匠から付書院と火灯窓の意匠を取り出して簡略化したように見えます。
こうした飛雲閣初層をどのように解釈したらいいのでしょう。
角長押、釘隠の六葉、悼縁天井、室の中で柾分だけ高くなった上段、白い小壁などは、書院造の影響を感じさせています。
しかし、他の意匠では、画題や採用した明障子や欄間などで数寄屋風への傾斜をきわどく成し逐げていると見てもいいようです。
次は、神奈川県鎌倉市に現存する、一条恵観山荘。
「近世宮邸の文化」によれば、西賀茂に営まれた一条恵観山荘は、寛永の末から正保三年の間の建立と考えられています。
つまり、正保元年(1644)を前後した頃には、この山荘の意匠の構想は、確立していたのでしょう。
主要部分は、数寄屋と呼ばれた茶室長四畳と書院六畳と六畳に接した棚のある二畳台目の三室で構成されています。